2011年5月2日月曜日

被災してその1-通信とインターネットでの体験

 3月11日午後2時46分に、自宅で被災した。故障したパソコンを見てもらおうと盛岡市へ車で行こうとして、車庫に向かおうとした時であった。すぐに、停電した。すぐ、ラジオを聞き、携帯メールで職場に連絡をした。携帯電話は通じなかった。
 パソコンが故障し、停電したので、ADSLモデムとルーターの電源は切れたままである。
 固定電話もFAX兼用のため、電源が入らず、只の置物と化した。黒電話は、奥にしまったままであった。

 ラジオで情報を得、携帯からツイッターを通じて、情報発信をした。
 地元民放局(岩手放送ラジオ)と、NHK秋田第2放送だけが送信を続けていた。
 携帯も電源が切れてからは、これも只の箱と化した。
 ラジオも電池を確保するために、手動で発電して聞いた。
 ツイッターは現在も稼働しており、主な情報発信となっている。http://twitter.com/#!/onkloma

 母の実家に水をもらいに行った後、乗用車を使わなかった。ラジオでガソリンスタンドが閉まり、信号機が作動していないと報じていたからである。
 津波が来なかった。停電は13日の昼まで続いた。

 通電するまで辛かったのは、「睡眠時無呼吸症候群」の治療のための機器 CPAPが使えなかったことである。通電して機器をつかって眠るまで、半分起きて、半分寝ていた状態になった。
 続く